ゆううつなねこダイアリー 統合失調症

統合失調症を患いはや8年…経験してきたことを赤裸々に書いていきます

闘病する者たち

こんばんは

猫です

 

今日の夜はね

 

眠れそうもない

 

色々あってね

 

わたしTwitterは、、

去年の夏くらいかな

 

本格的に始めたのは。

 

最初はゲーム垢でやってたんだけど

楽しくってさぁ

 

共通の趣味でつぶやけるの楽しいし

どんどん仲間や友達

できて楽しかった!

 

その後

闘病垢で「ゆううつなねこ」を

作ったの

 

リアルでさ

病気の情報交換できる人、居なくてさ

統合失調症の悩みや考え方

共有したかったんだ

 

もちのろん

いい出会いもたくさんあったよー

 

統合失調症を始め

精神疾患の方ってこうやって

考えて

思って

悩んで

葛藤して

それでも毎日を生きて

 

それぞれのかたちで

現実と向き合っているんだな

って、、

 

思ったよ

 

最初はね

正直わたし自分のこと

障がい者」って自覚もなく

福祉制度もろくに知らず

自分の体調やメンタルとも向き合おうとせず

「根性論」や「我慢」で

仕事してた、

世の中を生きていた

それが「当たり前」だった

 

それ以外を許してくれる

「環境」じゃなかった

 

「選択肢」を知る手段がなかった

 

この世界はそんなに優しくはないから。

 

友達も健常者で

考え方も健常者だった

仕事も健常者目線で働いていた

 

でもどんなに頑張っても

越えられない壁がいつもあって

いつもいつもそこにぶち当たって

そこで何もかも台無しにしてた

 

多分それがわたしの抱えてる

「病気」や「症状」の1つだったんだと

あとで気づいた

 

生きにくさも

努力では越えられない

変えられない「現実」も

やっと受け入れることができた

 

でもわたしはそれを今までは

「甘え」や「怠け」

自分の「自己管理能力」が足りないと

思っていた

 

たぶんそれは

周りの環境もあったと思うし

然るべき専門家にも巡り会えなかった

単純に知識不足だったんだと思う

 

だから始め

闘病垢に来た時

甘ったるい人達ばかりで

まるでぬるま湯で傷の舐め合いだな

って思った。

 

今日頑張ったよ、とか

仕事行けなかった、とか

苦しいとか、

 

そんなん生きてたら

苦しいことなんてごまんとあるわ

って思っていた

 

ひどいよね

見下していたんだね

苦しみに寄り添おうとしなかったんだ

 

でもね

闘病垢の人達のツイートを

見ているうちに

だんだんとわたしのココロにも

変化が生まれたの、、

 

「本当は、わたしも、苦しい」

 

って思うようになった

 

最初は馬鹿にしていたのに、、

弱音を吐くなんておかしいって

思っていた

 

でも本当は逆だった

 

「弱音を吐かない方がおかしいんだ。」

 

そう、気づいたの。

 

「苦しい」って言っちゃいけないって

 

思っちゃいけないって

 

誰が決めたの?

 

いつから自分を虐めていたの?

 

それからツイートするみんなの

ココロの苦しみ1つ1つに

心打たれるようになった。

 

みんな真剣に苦しんでいて

きっとTwitter上では

弱音を吐いてるけど

リアルではみんな踏ん張っているんだ

 

いつしかわたしは

この闘病垢がココロの支えは

大袈裟だけど

 

人が当たり前に持つ

苦しみや葛藤を抱えながらも

悩み必死に生きる姿だと思うようになった

 

もう、最初のころのような

傷の舐め合いとは全く思わない

 

むしろ向き合い戦い

葛藤し誰よりも強い人たち

 

ともわたしは思っている

そして

苦しいのは自分だけじゃない

と、勇気を貰うほどだ。

 

それからのわたしは

自分のココロと体調を大切にするようになった。

 

積極的に福祉の制度や人脈を広げ

知識をつけるようになった

 

自分のメンタルや体調とも

素直に受け入れ向き合うことが

できるようになった。

 

ただ、1つ思うのが、、

 

ゲーム垢に比べて

闘病垢はフォロワーさんの増減が

激しかった

 

気づいたら急に激減していることも多々

 

知らずにブロックされることも多々

 

わたしが思っている以上に

闘病垢の人達は繊細だったのだ

 

Twitterはネットだ

顔も見えなければ体調も見えない

 

何を抱え

何を考えているか予想しにくい

寄り添いにくい

 

忘れがちだけど相手も人間なのだ

 

わたしの思っているより

わたしの言葉で傷つけて

しまっているかもしれない

 

そんなことをふと思った

 

 

人の出会いは一期一会

世の中は諸行無常

 

ネットなら尚更。

 

どこかで線引きをして

Twitterと公私混同しないように

割り切ってこの闘病垢を続けていかなくては

 

そんなことを思った。

 

ただ、自分のココロの拠り所は

多い方がいい

このアカウントも拠り所の1つとなる

 

わたしは現実を生きなくては

ならないのだから。